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宮城大弥の極貧幼少期が壮絶!父親や兄弟構成・出身中学から現在まで。

沖縄・興南高校出身の宮城大弥投手に注目が集まっていますね。

宮城大弥投手は、甲子園に高校1年生のときからエースで出場しており、プロ野球各球団や野球ファンの多くが大注目しています。

今回は、そんな宮城大弥投手の経歴や家族についてまとめました。極貧だった幼少期から現在までの生い立ちに迫ってみたいと思います。

宮城大弥(興南)のプロフィール

宮城大弥(興南)の身長・体重

宮城大弥

宮城大弥(みやぎ ひろや)
生年月日:2001年8月25日
出身地:宜野湾市
身長:172センチ
体重:78キロ

宮城選手は、沖縄県宜野湾市の出身。

身長172cm、体重78kgで、野球選手としてはやや小柄ですが、全身の筋力は目を見張るものがあり、体格がよくがっしりとしているのが特徴です。

宮城大弥(興南)のポジション・速球や球種の評価

宮城大弥

ポジション:投手(左投左打)
球種:ストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ、シュート、フォーク
速球:時速149キロメートル
遠投:120メートル
50メートル走:6秒3

宮城大弥選手は左投左打の投手で、その左腕の評価は高いです。

特徴は「琉球トルネード」とも呼ばれる独特の投球で、コントロールが抜群によいことに加え、試合終盤でもスタミナ切れを起こすこと無く140キロ台後半を連投します。

投球の完成度が高く、俊足で守備も打撃センスもよいため、総合力の高い選手として期待されています。

大舞台での経験値が高く、マウンド度胸の良さも大きな武器で、ピンチでも動じない強心臓を持ち合わせています。

将来的には、時速150キロの速球も可能と期待されています。

宮城大弥(興南)の家族

宮城大弥選手は、父と母、妹がいる4人家族。

父親が若い頃に交通事故で負傷し、その後遺症が理由でなかなか定職につけなかったそうで、貧しい家庭だったそうです。

城大弥(興南)の極貧幼少期が壮絶!

宮城大弥(興南)の幼少期

宮城大弥選手が野球を始めたのは4歳のとき。

宮城大弥選手の幼少期はずっと貧しさとの戦いでした。

定職に就けない父親の代わりに、母親が火車の家計を必死に支えました。

宮城大弥選手は地元の小学校・中学校に進学しています。

出身小学校:宜野湾市立志真志(ぎのわんしりつ・しまし)小学校

出身中学校:宜野湾市嘉数(ぎのわんしりつ・かかず)中学校

なお、ソフトバンクの島袋洋奨選手も同じ小学校と中学校の出身で先輩のようです。

宮城大弥(興南)の小学生時代

宮城大弥選手の家庭は収入が安定せず、決して恵まれた環境とはいえませんでした。

宮城大弥選手の育った貧しい環境は壮絶で次のようなエピソードも紹介されています。

小学校の時に買ってもらったグローブは700円のビニール製

食費もままならず具なしのカレーで1週間の飢えをしのぐ

貧しさゆえに学校に行きたくないこともあったそうです。

しかし、逆境にあっても家族の絆は深く、「我が家にはお金はなかったけど、笑いで苦しみを乗り越えることができた」と話しています。

宮城大弥選手は、小学校時代は軟式野球チーム志真志ドラゴンズに入部し、安いグローブでも必死に練習しました。

小学3年生までは、内野手のときは右投げ、投手のときは左投げでやっていたそう。

小学4年生から投手に専念しましたが、このとき左肘を剥離骨折してしまい内野手に転向するという辛い経験をしています。

宮城大弥(興南)の中学生時代

宮城大弥選手は、中学生になると宜野湾ポニーズに入団し硬式野球を始めました。

中学生になった当初は右投げの外野手をやっていましたが、あるとき投手として試しに投げてみたら投げることができたそうです。

そのため再び投手としてプレーを始めました。

一度怪我で挫折しかけたものの、投手で再びプレーすることができるようになったんですね。

宮城大弥選手は中学3年生のときには、U15の日本代表選手に選出され、日の丸を背負うという大舞台も経験をしています。

宮城大弥(興南)の高校時代

宮城大弥選手は、沖縄県名門の興南高校に進学すると、高校1年生の春からベンチ入りし、1年生夏からチームを甲子園へ導きます。

宮城大弥選手の奪三振率の成績はとくに素晴らしいです。

甲子園通算3試合に出場(投球回 92/3、防御率 4.66、奪三振率 6.52)

2019年夏予選6試合に出場(投球回46、防御率 2.35、奪三振率 11.93)

怪我を押しのけ、甲子園の舞台で投げているとは・・すごいですよね。

関西で行われたU18高校日本代表一次候補の合宿にも参加して、大船渡高校の佐々木朗希選手や横浜高校の及川雅貴選手ともこのとき互いに良い刺激を受けたようです。

トレーニングの成果もあり、課題だったコントロール、フィールディングと高校生のなかではトップレベルの力をつけてきました。

宮城大弥(興南)をダルビッシュが認めた!

宮城大弥選手の投球をダルビッシュ有選手も絶賛しています。

このツイートは沖縄タイムスなど各紙で記事となりました。

これを知った宮城大弥選手は、嬉しさのあまり

「朝3時まで眠れなかった」(引用:沖縄タイムス)

と話しています。これは嬉しいですね!

まとめ

今回は、そんな宮城大弥投手の経歴や家族についてまとめました。極貧だった幼少期から現在まで、怪我など辛い時期も乗り越えてきたんですね。

宮城大弥投手は、プロ野球各球団や野球ファンの多くが大注目しています。今後の活躍も期待しましょう!

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