闇カジノ問題で謝罪会見をしたのは桃田賢斗さんと、先輩の田児賢一さんです。
闇カジノ問題から見事復活を遂げたのは桃田賢斗さんだけで、
先輩の田児賢一さんは日本バトミントン協会から追放されました。
桃田賢斗さんはなぜ復活できたのか?
田児賢一さんだけ追放された理由は?
田児賢一さんは今現在どうしているのか?
についてまとめていきます。
Contents
桃田賢斗と先輩の田児賢一が闇カジノ問題
2016年3月に、桃田賢斗さんと先輩の田児賢一さんが、東京錦糸町にある違法カジノ店にて、賭博をしていたことが判明しました。
桃田賢斗さんは10回程度通い50万円程度を使い、
田児賢一さんは60回程度通い1000万円程度を使っていたそうです。
この事態を重く受け止めたバトミントン協会は
桃田賢斗さんに対して「無期限の大会出場停止処分」、
田児賢一さんに対して「無期限の協会登録抹消処分」、
を下しました。
さらにふたりの所属先であったNTT東日本は、
田児賢一さんの解雇に踏み切りました。
(桃田賢斗さんは解雇を免れています)
桃田賢斗だけ復活!なぜ先輩は追放された?
田児さんに課せられたのは「無期限の協会登録抹消処分」。
「除名」の次に重い処分で、事実上の「追放」とも見受けられました。
田児さんになぜこれほどの重い処分が下ったのか?
田児さんは桃田賢斗さんをカジノに誘った張本人で、桃田賢斗さんの他にも多くの後輩選手を違法賭博に誘っていました。
先輩という強い立場を利用して、選手全体に悪影響を及ぼした”元凶”という扱いを協会がしており、処分が重くなったと言われています。
その後、桃田賢斗さんは2017年5月に処分解除となりましたが、田児賢一さんの処分は解除されませんでした。
とはいえ、桃田と田児は、ふたりとも金メダルへの呼び声高い期待の選手で、ふたりの復活を望む声は多かったです。
なぜ、田児賢一さんの復活の道が閉ざされてしまったのでしょうか?
理由①田児賢一の賭博の常習性やその後の態度
田児賢一さんはもともと賭博の常習性や依存性が高いと言われていました。
2014年10月から2015年3月に錦糸町で複数回、
2015年5月から2016年1月に横浜市内で複数回、
合計で60回程度負けており約1000万円も使っていました。
『ギャンブルに後悔はない、自分を成長させてくれた』
(引用:biz-journal)
と一部の週刊誌で発言しており反省の色が無いとも。
さらに、賭博で生まれた借金は親が肩代わりしたとも伝えられています。
一方の桃田賢斗さんは錦糸町の違法カジノ店のみで、謹慎期間中は謙虚にボランティアをして、汚名返上に励んでいました。
発覚前の常習性・依存性に加え、発覚後の態度の違いも、影響したようです。
理由③田児賢一が海外でプロデビューしていたため
さらに、田児賢一さんは、2016年末に、新天地マレーシアでプロデビューを果たしていました。
闇カジノ発覚が2016年3月ですから、発覚から1年経たずに海外へ行ったことになります。
協会側としても、日本を離れ海外デビューした選手を、わざわざ日本に連れ戻す気にはなれなかったのでしょう。
協会としても『もう放っておけ』という感じではないでしょうか
(引用:biz-journal)
田児賢一さんと協会との溝は深く、もはや修復不可能だったようです。
桃田賢斗の先輩・田児賢一の今現在は?
田児賢一さんの現在はというと随分と激太りしているようです。
2017年には少し太った姿が週刊誌にキャッチされました。
▼2017年の田児賢一さんの写真
しかし、2019年はさらに激太りした姿に…。
▼2019年の田児賢一さんの写真(右から2番目)
2017年の週刊誌の直撃で田児さんは次のように話していました。
- マレーシアのリーグに所属はしているが、ギャラは一切もらっていない。
- 去年の収入は一銭もないし、今年ももらえるかどうかわからない。
- たまにあるバドミントンのイベントに出てお金はもらってるが小遣い程度。
- 貯蓄も無い。
(引用:gendai)
ギャラが無いのは辛いですね…
田児さんの激太りはストレスではないかと心配になります。
見事復活を遂げた桃田さんとはあまりに対照的で、さすがにいたたまれない気持ちになりますね。